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フィクションを作る方法

分析課題1ヤンシナ第28回 ぼくのセンセイ

分析課題1はフジテレビヤングシナリオ大賞第28回の大賞作品、「ぼくのセンセイ」だ。

 

分析の順序と方向性

1ストーリー構成の分析。

最初から物語の出来事を箇条書きしていく。場所と登場人物を書く。

2役の分析。

出てきた役を分析する。セリフ、立ち位置、変化、魅力等。

 

抽象化し、自分の中で再現・加工できるようにすることが目的だ。

課題を整理し、一つ一つ進めていく。

課題を整理する必要があると感じた。

自分が一つ一つ片づけていくためだ。

 

今取り組んでいる創作課題は課題1。

それから今後、漫画・ドラマ・シナリオ脚本などを分析していく。この分析課題。

 

インプットとアウトプットの両軸で進めていく。

シナリオ課題1 

シナリオの課題1。

スタート日を今日、3月4日とする。

目安は十日。つまり3月14日を締め切りとする。

 

今回の作品のきっかけ。

今回の作品を制作するきっかけとなったのは、本「私は絶対に許さない 15歳で集団レイプされた少女が風俗嬢になり、さらに看護師になった理由」である。この本は実際にあった話をもとに書かれたノンフィクション系の本であるが、その壮絶な体験はもとより筆者(体験者)の体験に対する視点(レイプされて心配することが荷物を現場に置き忘れてしまったことなど)に非常にユニークさがあった。このような人物や、リアリティーのある物語を作れば人の心を動かす、芯のあるシナリオが書けるのではないかと思い題材として取り上げる。

 

先行研究

どうような経験(性被害)にあった人物の体験を知るということも重要ではあるが、その被害や悲惨さばかりを追いかけてしまっては、結局、物語を筋立てることはできない気がする。

 

この本では主人公が住んでいた集落が「閉鎖的な田舎」であること、それからその後の体験等にも特徴がある。どこに焦点を当てるかではあるが想像力を駆使し部分的に物語に加えることができそうな「全く別の」物語を頭に仕入れる必要がありそうだ。

 

方向性

物語の着想としてまず浮かんだのは、この本の前半場面だ。主人公が暴行された後日、鞄を取り戻しに被害にあった家を訪れる。無事に荷物を取り戻した帰り主人公はある車とすれ違う。それは主人公に暴行した男の父親で、やくざの男。そしてその男との関係が始まる。という物語。主人公は「好きではない」としているが、「安心感のようなものを感じた」という。これは主人公が家族をはじめ、周囲から罵倒、暴力、いやがらせを受け、どんな形でさえも受け入れてくれる人間がいなかったためであると考えられる。主人公はそのような極限の状態におかれていたのだ。また自分の体に対して投げやりな気持ちがあったというのも勿論のことだろう。

 

ここを物語として、歪みはあるが多少でも愛情関係があるとすれば、やや救いのある話にはなりそうだ。精神科医などとすると面白いかもしれないが、物語的すぎるだろうか。

 

例えば都会からやってきて孤立している精神科医精神科医の話は丁度、ドクター倫太郎の政策にかかわった精神科医の本など興味のある本を読んでいたため、参考にできるかもしれない。

 

調査の方向性は以下の4つだ。

1暴行された少女(例えば抑圧されて記憶がないというのもいいかもしれない。)

精神科医

3田舎

4高校生

 

暴行された少女が最初、記憶がなくそれを知ろうとする、ということであればミステリーになりうる。ミステリーの先行研究も必要かもしれない。どんでん返しという意味合いであれば「完全なる首長竜の日」はイメージと近い気がする。

 

最初から傷を負った、ということを明記しスタートするならば、恋愛ものやそこからの救いになるだろうか。安易にはしたくない。精神科医というよりはゲスなやくざの方がやはり魅力的だ。

 

参考文献のリストアップと参考にする部分を取り出す意識

ただ調べるというのではなく、「いかに取り込むか」が重要であると感じる。これは今までの経験上、読んでも読んでもうまくいかないという気持ちがあったためである。

 

現在思いつく参考文献としては、

出産・子育てのナラティブ分析(田舎)

ファザーファッカー(レイプもの)

私は絶対に許さない(レイプもの)

完全なる首長竜の日(ミステリー)

「自分が「自分」でいられるコフート心理学入門」(精神科医)

など。

 

まだ完全に未見のものに(アマゾンの関連本で調べた。便利)

昼、介護職。夜、デリヘル嬢。

貧困とセックス

最下層女子高生:無関心社会の罪

最貧困女子

 

など。この手のルポ本は参考図書が多そうだ。

他、

田舎暮らしに殺されない法

など。

 

シナリオ作り、具体的な手順。

シナリオ作りの具体的な手順を決める。指標がある方が楽だと感じるため。また気分によって書く・書かないなどしないで、きっちりと作っていけるようにすることを目指す。

 

1テーマの設定。

テーマを決める。または書きたいものなどをおぼろげに。

2先行研究

似たような作品を読む。リアリティー・人物・ストーリーなどを参考にする。

3諸要素の決定

人物・ストーリー展開等。

4情報収集

書くために必要なことを調べる。

5執筆

シナリオ・小説を書くために必要な訓練。

物語を作るために。物語をつくることを考えていること。

 

「方法」というよりは「訓練」が必要だと感じている。速く走る方法は、「足を速くうごかせばいい」わけでが、あるいはフォーム改善ということもあるかもしれないが、訓練が必要だ。ピアノもそう。「適切なタイミングに適切な強さで鍵をたたけばいい」わけだが、そんなことがわかっていても何の足しにもならない。それができるための方法に、「適切を知る(譜面が読めるということ)(曲の解釈)」「指が動くということ(速さ・強さ)(さばき方)」などがあるがこれも「知る」と「できる」があり「知る」だけでは何も実際的な変化は生まれない。

 

フジテレビヤングシナリオ大賞を出すにあたり、幾つかシナリオを読んだ。特に大賞用のシナリオにはどれも「型」のようなものがあるように感じられたが、結局それを掴むことはできなかった。分析が不十分だからだろうか。また自分の作品にそれを反映させることもかなわなかった。しかしそれさえつかんでしまえば賞をとることはさほど難しいことではない、という気持ちは依然として消えない。ではどうすればよいだろうか。

 

分析する必要がある。しかし今までと違う方法、今までよりもさらに詳細に見ていく櫃ようがある。何度も読み、要素に分け分析する。次に図書館に行く時、またシナリオを借りてこよう。

 

また「訓練」する必要がある。訓練の量が圧倒的に足りない。訓練は例えば20枚シナリオ等が適切だろうか。

 

シナリオに必要な要素。

・魅力的なキャラクターづくり

・ストーリー構成

・着想

 

書く際にいつも「隙間」を感じてしまう。次の展開に戸惑う。キャラクター(人物)もストーリーもいつも空白だらけですすまない。空白を埋めていく必要がある。

 

 

 

 

 

 

 

ブログ作成で求められること。

ブログを作るうえで求められることは「価値のある情報」。

 

検索した人にとって価値のある内容かどうかが、ブログ記事を作成するうえで重要だ。

 

価値がある=役に立つor面白い(興味深い)

 

役に立つ=何かの「方法が書かれている」(例えばダイエット方法とかパソコンの操作とか)

 

「方法」を積み重ねていけば、必要とされるブログになる。

方法はもちろん読者の欲望・願望を満たすもの。

 

このブログでは「フィクション(小説・シナリオ)を作る」方法が中心。

 

 

 

 

 

 

「橋爪大三郎といっしょに考える宗教の本」を読んで。

これを読んで思ったこと。気づいたことなど。

基準は作品づくりに役立つようなこと。

 

 一神教に関する見出しで「神は人間に『言うことを聞けば壊さない』と約束した」と書かれていた。一神教多神教の違いなど。

 

一神教は神と人間に絶対的な別がある。創造主と被創造者ということだが、その位というかにものすごく差がある。そして「神の意図(気分?)によって壊すことも容赦しない」ということ。神様に人間や世界を壊されないよう、神に従うということ。

 

多神教は人間と近い。人間を子供として生む、神同士・神と人などで交わって人間を生むなど。神と人間が親戚のような関係。喧嘩もしたりする。人間的な神様。

 

なぜ厳しい神を信じるかという話で、ユダヤ教が大国エジプトと興亡激しいメソポタミアに囲まれた土地で生まれたため、「この厳しい試練に耐えること=神の試練」としてすがったという記述があった。このこと自体はよく知られていることのような気もするが、「その成り立ちが理解の一助になる」ということを改めて感じた。

 

一宗教、一個人にはそれぞれ、「なぜこれを良しとするのか」「なぜこんなことを信じているのか」というようなことがありそのこと自体を受け入れられない(受け付けない)ということがあるかもしれないが、その成り立ちを見ていると「苦しい状況が当たり前だった→それを良い方向にとらえようとした。苦難を受けることが徳を積むことにつながっているとして意義のあるものにしようとした」などと考えると納得がいく。

 

ここまで来てあるシナリオのアイデアが浮かんだ。

 

それはあるいじめられっ子が自分の宗教を作るという話だ。自分の状況に完全にあった宗教。人、一人一人に対して、与えられた境遇が違い、それを個人は乗り越えていく。そこにはその境遇を乗り越える(受け入れる)ために、必要に駆られ生まれた信念やゆがみなどがあるだろうと感じた。